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日本に「祈りのサミット」のビジョンを求めてテリー・ダークス、 1999年9月 JEMA(日本宣教福音連盟)の今回のお招きは特権です。神が我らに与えて下さった、全世界へのビジョンを、お知らせすることは大切で、感謝しています。 10年前、米国北西部に住む我らは絶望の淵にいました。人口の5%以下しか礼拝を守っていないというのです。それは95%が救いの外にいることです・オレゴン州の信仰は米国最低だと新聞は伝えました。ある新聞は世界の不信工の中心地が二つあり、一つはロシアで、次がオレゴン州だといいました。 それを変えようと、伝道の多くのプログラムを造り、イベントを行い、多くのことをしても、うまくゆかない。もちろん5000人、6000人の教会はあってもそれはごく一部です。ほとんどの人は教会外におり、社会は、不信仰、自己中心、自己満足で、神を必要としない。そして教会は分裂、不一致、細分化、ねたみ、競争、不信感が居パン的です。日本もそうでしょうか。 我らの願いは神が我らの年に働かれることでした。そこで10年前問うたことは、「我らの社会の中で、神に際立った働きを、開始し、推進していただくには、何が必要か」ということでした。十字架を前にし、ヨハネ17章で、主は悪しきものサタンから我らが守られることを祈られました。世が信じるために、我らが完全に一致することを祈られました。主が教会の一致を祈られただけでなく、パウロはエペソ4章で一致を命令しています。主、信仰、バプテスマ、父なる神は一つです。詩133は「兄弟たちが一大イベントをすることが楽しい」のではなく、「一致してともにいることが楽しい」と言っているのです。「そこに祝福があるからです。」教会の一致が世界宣教に不可欠です。それはプログラムやイベントでなく、世が抵抗できない一致と愛の例です。そこで、10年前の我らの結論は、世が信じないのは教会の不一致にある、ということでした。そこで教会の一致は果たして経験できるか。我らの地域の中に、神が運動を起こされるには何が必要か。そこで、しばらく静かな所に行って主を求めよう、ということにしました。歴代2、7:14。神を求め、悪から離れるなら髪は何をなさるか。祈りを聞き、罪を許し、地を癒されると主は言われます。 主は我らを主の前に、必死の場に導かれました。我らは謙遜に主の前にひれ伏す意外に、何をすべきか分からなかったからです。「必死は最大の資産」(アズベリー大学、キンボール博士)我らはヨシャパテが敵に囲まれた時のようでした。「どうすればよいかわからない。ただあなたに目を注ぐのみです。」歴代2、20章。 1989年我らはオレゴン州サレムで第一回祈りのサミットを開きました。数日間主の前での祈り会をしようと、全市の各派の牧師に呼びかけて招いたのです。スケジュール、議題は何もなく、4日間礼拝し、主の前に時を過ごそうということでした。主は以前経験したことのないような方法で我らに会われました。全く砕かれたのです。告白、赦し、和解がありました。ある牧師はそこにいたペンテコステ派の牧師に赦しを求めました。かつてその牧師を批判し、悪口を言ったたまです。ペンテコステの牧師の一人は福音派の牧師にかつて偏見をもち、さばいていたので、赦しを求めました。神学と教派の壁を越えて、大きな和解が起こりました。我らは圧倒的な神の臨在を経験しました。神はしないの牧師が以前経験したことにない一致を回復されました。彼らは家に帰り、毎週、ともに祈り始めたのです。ですから、祈りのサミットはイベントとは見られません。それは主との大きな交わりの始まりであり、以前経験したことのない牧師相互の一致でした。 牧師達は、都市にはイエスと頭とした一つの教会しかないことを悟りはじめました。その後、ポートランドでも、祈りのサミットを始めました。うわさは広がり、多くの牧師達が我らを招き、指導を求めました。100マイルも北の都市の牧師からも招きがきました。そんな遠くには行けないと私は言いましたが、神の将来の計画を私は全く知らなかったのです。89年以来今日世界で130都市で祈りのサミットがあります。 一例をあげます。私の街で牧師たちは毎週3年間祈ってきましたが、あるとき「牧師たちがしているように、信徒もいっしょに主を礼拝すべきではないか。」牧師達は都市全体で礼拝しようと決議し、礼拝出席を全指導者に案内しました。 我らは特にアイデアがあったわけではなく、全信徒が共に主を礼拝しようと、体育館を借りました。驚いたことに13,500人が会場にあふれ、数千人は入場できませんでした。説教者もいない、特別の音楽もない、宣伝もしなかったのです、2時間半礼拝しました。だれのなも、何人も紹介もされず、ただ語られたのはイエス・キリストの御名だけでした。丁度そのとき、プロ・バスケットの競技場ができていたので、都市全体の礼拝を再度行いました。その後最大のスタジアムを借りました。「だれが説教をするのか。」すると。「連続5日間スタジアムに集まろう。1日はだれ、2日はだれ、3日はだれと候補者を決め、人々に福音を伝えよう。」しかし「グラハム・クルセードの方がよいのではないか。」それがグラハムの理想的集会になるとはだれも予想しませんでした。イエスを全市に高く揚げ、福音を述べ伝えると言う、一致と愛、多くの祈りだけでした。グラハムノチーム・メンバーが来て、28,000人の会場を見て 「この街のサイズで、5日間のためにはこれは大きすぎる」 「牧師が3年間、毎週祈って、もっと多くの人のために必要だとした会場だ。」 「あなたがたは分かっていない。我らは長年の経験から言っているのだ。」 「我らのみことばの理解は、一致と愛、祈りがあれば、祝福は神の定めだ。」 我らはさらに多くの会衆が入れる場所を必要としました。市庁に行き、「スタジアムを改装し、もっと多くの人が入れるようできないか。」神は彼らの不信仰の心をふご貸し、40,000人収容に改装がなり、その向かいの25,000人のスタジアムをも借りました。グラハムチームは6000人のカウンセラー訓練が必要と言いました。驚いたことには第一週に26,000人が応募しました。彼らの歴史で最大規模でした。さらに2,000〜3,000人の聖歌隊の準備が求められたが、7,000人が登録しました。最初の28,000人の会場に、26,000のカウンセラーと、7,000人の聖歌隊が想像できたでしょうか。金曜の夜には65,000人の別の会場が必要となり、その上、35,000人は帰らせたと警察は言いました。15,000人が決心しました。しかしそれは、神が牧師たちに毎週祈り続けることを求められる、ただの始まりに過ぎません。「一致の霊と祈りの基礎があったので今までに経験したことのない心温まるクルセードだった」とグラハム師は語りました。 (翻訳:門田道則) |
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